飛べ

わーわー言うとります。

境目

・職場にファックスで得意先から「マスクをお安くまとめて注文できるチャンス」的なやつが来ていて、みんなの雰囲気的にこれは買えるだけ買っておきましょう!!的な感じになったんだけど、じゃあ実際にどれだけ注文すればいいのか、ってなって誰もわからなくなった。果たして今のこの感じはあとどれくらい続くんでしょうか。あと1~2週間もすればまた元通りの社会に戻る感じなのか、来月くらいはまだまだ今と変わらない感じなのか、もっと当面こういう状況が継続するのか。本当に専門的に今の状況を見通している人たち以外、市井で暮らす私たちの想像の中には、これから本当に感染が拡大してテレビで見るような厳しい状況に自分たちの住む社会も飲み込まれていく(そして自分や自分の周りの人たちも苦しむのかもしれない)という恐怖と、なんだかんだいってて結局はたいして何も起こらず、あと少ししたらマスクもトイレットペーパーも激余りして「あの狂騒は一体何だったんだ」みたいな感じにどうせなるんだろう、みたいな楽観が、それぞれ割合のバランスは違えどどっちも並行して持っていて、まだまだ大半の人の中では楽観の方が全然強いような気がする。

 

・なんとなくヤバいらしい、と聞いていながらも、どうせ大丈夫なんだろう、と心の中ではみんな思っているから、ついこの前までは社会は普通に回っていたのが、何の境目を超えてしまったのか、急に何もかもが自粛ムードに変わってしまっている。一旦ドミノが倒れてしまえば、隅々まで一緒に倒れないといけなくなる。でもドミノも自分で倒れ(倒され)ながら、倒れている理由が「みんな倒れることになったから、自分も倒れておかないとなんかよくない」くらいの理由でしかないから、そのうち大きなドミノから「そろそろいいだろう」って感じで勝手に起き上がって、それを見てみんな起き上がることになるんだと思う。

 

・もっと真剣に社会全体で、本当に感染を防ぐには、できるだけ社会が混乱しないようにするにはどうするべきか、いろんなことを考えるべきタイミングはずっと前にあったはずで、その時に何もせず、今からマスクやティッシュだけ買いに走ったって、今からライブやコンサートだけ中止したって、今から学校やジムだけ閉めさせたってそれがどれくらいの何になろうか、と思う。けど、ギリギリになるまで自分だって何もしてないし、ギリギリになってからだって別に何をできたわけでもない。せめて、今回のこういう経験をもとに、自分の生活まで直結して困ってくるまでは政治なんてどうでもいい、社会なんてどうでもいい、と思って任せていると、本当に困ったときに全然何もしてくれない、それで全然悪びれてもない社会を自分たちで選んできたことになった、ということを反省材料にしていけたら、と思う。できるんだろうか。

 

・とりあえず職場のマスクはだいぶ多めに注文することになった。春ごろになって結局山ほど余らせたまま収束して「あれは何だったんだ」ってなったらなったで別にいい。個人的にはどっちにしても春の終わりから初夏ごろにイネの花粉症で結構苦しむので、その時は山ほど余ったマスクをありがたくわけてもらおうと思う。いや業務上横領を見越して注文すな